電話予約

2018年1月31日


柳通り沿い、オーガニック配合薬剤、オーガニック商品を取り扱いサロンhair志希の動物好き美容師、希容志です!

 

まずはじめに、2月1日より4日間にわたり臨時休業をする事になりご予約をいただいていた方達には急遽日時を変更していただくなどしていただきご迷惑をお掛けしまして誠に申し訳ございませんでした。

休業中は店の電話を携帯に転送にしておりましたがあまり応対できず、申し訳ございませんでした。

 

今回のブログは書くことが沢山あり、内容に関しては私情がかなり入っているのとブログとして形に残しておく事、今の気持ちを忘れない事を目的として書いていくのでサラッと流してください。

 

1月31日午前2時頃、姉から一本の電話がありました。

『父が救急車でこれから病院に向かう』と

ちなみに父は、20年ほど前に狭心症、数年前に肺がんになり手術をし一度は完治、その後は肺炎を起こしたり、股関節の骨の補強の手術をしたり、がんが再発したり、昨年末には背骨を圧迫骨折と色々な病気と闘って生きていました。

最近は少し痩せて来たり、食べる量が減ったり、会話が少ししにくかったりと少し弱ったなと思う事もありましたが本人はいたって元気そうで昨年11月までは普通に仕事もしておりました。

ちなみに、父の仕事は『日本舞踊』の家元。

幼少の頃より日舞を始め、20歳頃からは弟子をとり日本舞踊稽古場を開きそれを仕事としておりました。

そんな家庭で育った僕は小学生頃までは日舞を父から習い何度か舞台にも立たせていただいておりました。

これは幼少の頃の僕です。

お弟子さんたちも年齢を重ね少なくなっていっておりましたが、日舞が本当に好きな父は入院中の病院の空室を借り、そこで指導をしたりしてたこともあるくらい日舞に情熱を注いでいました。

また、今回も急に病院に運ばれる事になり僕もすぐに駆けつけましたが意識もしっかりしていて『喉が渇いた』『飲み物が欲しい』とやりとりもちゃんと出来ていました。

結局明け方6時頃まで病院に付き添っていましたが仕事もありましたので一度帰宅してから仕事に向かいました。

ほぼ寝ていませんでしたが一日中お客様の途切れがあまりなかったのでさほど仕事には影響もなく最後のお客様を仕上げ終わり片付けをし帰宅、妻と一緒に病院に向かうために合流するところで、

姉からのLINE

『なるべく早く来て』

そこから5分ほどたち妻と合流し病院に向かおうとしたところでまた姉からのLINE

『めちゃくちゃ急ぎで‼️』

僕の気持ちの焦りを感じたのか、妻が運転をしてくれました。

病院に到着し走りながら病室に向かいました。

階段を登り病棟に向かいもう少しで父のいる七階へ登るエレベーター。

その時姉から電話。

『父さんが、、、』

その一言を聞き『間に合わなかった』と自然に僕は言ってしまった。

エレベーターに乗り七階に着くと早歩きで病室へ、扉を開けると涙を流す姉と母の姿。

すぐに父の手を握りました。

まだ暖かい。

しかし、目は開かず反応もなく心肺停止状態で横たわる父。

たくさん涙が出ました。

家族が揃ったところで先生がお見えになり脈の再確認をし父の死を宣告されました。

4日経っても鮮明に頭の中に残っています。

 

その後は父を自宅に運んでもらい、そこで市内に住む叔母と従兄弟が駆けつけてくれました。

 

その日は一旦帰宅しました。

次の日2月1日は起きてすぐに実家に向かいました。

そこでお客様に連絡、いただいていたご予約の変更をお願いしたり取引先に支払いの入金日を変更していただいたりと自分の仕事の事を行い、そのまま葬儀場の方との打ち合わせを一日かけて行いました。9年前に祖父を亡くしていますがその頃こんなに打ち合わせをしたりやる事があったかな?と思うくらいバタバタしていました。

 

2月2日

お昼頃に妻と実家に向かい実家で昼食を済ませ夕方に自宅出棺、そのまま葬儀場へ移動し通夜が始まりました。

親戚たち、父の仕事関係の方、父が最近はももうあまりお付き合いのなかった方達も、近所の方達、姉の友人達、僕の友人達、本当に沢山の方がうちの父のために駆けつけてくれました。

ずっと父の事は尊敬をしていましたがそんな光景を目の当たりにし、より父の凄さを実感しました。

 

2月3日

朝から妻と実家に向かい葬儀、告別式。

あまり普段からお付き合いがない母の地元、福井から母の兄夫婦とその子供、母の姉が駆けつけてくれていました。

父の事が無ければまだ会う機会が無かった方達なのでとても不思議な感じがしました。

葬儀、告別式が進み沢山の方が涙を流し父との別れを悲しんでくれました。

僕も通夜ではそこまで涙は出なかったのですが葬儀、告別式ではたくさん涙が出ました。

喪主は母でしたが最後のあいさつは僕がする事になっていたので何を話そうか色々考え、父との思い出や父のことを少し話そうと思っていましたが涙が溢れでて話せなくなってしまいそうで淡々とありきたりなご挨拶になってしまいました。

最後に父の前で堂々とした姿を見てもらいたかったのですがなかなか上手くはできませんでしたね。

告別式の後はそのまま三日法要、初七日を済ませて出棺、火葬場に向かいました。

霊柩車には父、母、姉、僕の4人が乗り、生前父がたくさん日本舞踊の舞台を開催した『壬生ホール』によっていただき駐車場をグルっと周っていただきました。

急にいってしまったので最後にもう一度父も舞台で踊りたかったという気持ちがあったのではないかなと思い通っていただきました。その間も沢山涙が溢れて止まりませんでした。

火葬場に着き本当に最後のお別れをし火葬していただき骨になった父の姿、股関節の手術で入れていたボルトが出てきていてこんなものが入っていたんだなと驚きました。

葬儀場に戻り最後まで見送っていただいた父のお弟子さん達、親族、お手伝いをしてくださった近所の方達に挨拶を済ませ実家に帰宅。

その日は沢山泣いたので疲れてすぐ寝てしまいました。

 

2月4日

午前中から昼過ぎまではゆっくり過ごし妻と実家へ向かいました。母も姉と普段と変わらない感じで気落ちなどもしていない様子でした。今後の話などを少しして帰宅、今このブログを書いています。

 

本当に亡くなる2ヶ月前まで仕事をし日本舞踊が好きでそれを何十年と続け、家庭を支えてきてくれた父には僕は全く歯が立ちません。僕は父のように今の美容師の仕事を好きで入れているか、そこまで情熱をかけてやれているか、家族を支えていけているか、凄く色々考えます。父が亡き後、妻も、実家にいる母と姉、妻の両親も僕がしっかり支えていけるようにならないといけないなと、すごくすごく色々な面で考えさせられました。

自分がいつこの世を旅立つ日が来るのかはわかりませんが、父のように最後まで自分の好きな仕事を続け、情熱を注いでいけるように

今はまだまだ、まだまだ、努力が足りないなと思います。

経営者という立場でもあるので足りない部分はしっかり努力をし、腕を磨き、頭を磨き、考え、行動し常に上を目指して行きます。

明日は月曜日ですが明日から営業再開します。

父が上から見ていますので、立派な姿を見せていけるように明日から頑張ります!

 

最後に背中を押してくれた父には本当に感謝しております。ありがとうございました。

 

父が生前まだ元気だった頃、僕の家族と妻、妻の母、祖母と会食に行った際の写真です。

 

父さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。天国で沢山大好きな日本舞踊を踊ってくださいね!

 

 

長々と私情な事を書いてしまいましたが、最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

 

 

鈴木 希容志

The following two tabs change content below.
kiyoshi

kiyoshi

浜松市中区中沢の美容室『志希(シキ)』のkiyohsiです。
kiyoshi

最新記事 by kiyoshi (全て見る)